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西武黄金時代への布石 伊東勤と工藤公康を巧みに獲得した“根本マジック”【ドラフト史】

 工藤もその年の夏の甲子園でノーヒット・ノーランを記録するなど注目を集めながらプロ入り拒否を表明していたところを6位で指名して入団にこぎつけている。この指名に関しても事前の“密約”があったのではないかと言われているが、当時はプロ志望届の提出などが義務付けられている時代ではない。また根本はダイエーに移ってからも1994年に大学入りを表明していた城島健司を指名して獲得している。そしてこの城島の件がきっかけとなって、事前にプロ入りを拒否した選手は指名できないルールとなり、現在のプロ志望届提出という流れができることとなる。

 伊東、工藤の二人はそんな経緯があってプロ入りしたものの、ともに見事な活躍を見せ、現在は指導者としても大成している。1980年代の前半は根本率いる西武が数々の名選手を獲得しているが、その剛腕ぶりが最初に発揮されたのが今回取り上げた1981年のドラフトと言えるだろう。根本の手腕についてはまた別の機会で改めてまとめたいと思う。

西尾典文 主任研究員

西尾典文
  • 1979年、愛知県生まれ。大学まで選手としてプレーした後、筑波大学大学院で野球の動作解析について研究し、在学中から技術解析などをテーマに野球専門誌に寄稿を開始。修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材し、全国の現場に足を運んでいる

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